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入学式の思い出を写真に込めよう!

今でこそ幼稚園や保育園の式典も取り上げられていますが、一般的には小学校の入学が、学びの始まりではないでしょうか。入学に向けて準備する物も多く、子供より親の方が期待と不安で一杯のような気がします。入学が近づくとランドセルや学習机を購入するシーンがみられますが、最近では祖父母からのプレゼントというのがメジャーのようです。この小学校入学が学校生活の第一歩ですから、親が写真やビデオに込める思いもひとしおです。それは後にアルバムを開いた時に誰もが感じることでしょう。
今回は人生の中で何度も経験する入学に焦点を当て、その一瞬一瞬をとらえる写真に思いを馳せてみましょう。

小学校入学式の写真を上手く撮るには?

写真を撮る時に大事なのは、ピントを合わせて如何に綺麗に撮るかです。けれど今はスマホでも失敗せずに簡単に撮ることができます。これといった技術もいらないですし、画像も鮮明なのが良いところです。幼稚園などでは専属のカメラマンがいて、あらゆるシーンを撮ってくれます。後日購入することができますが、やはりメインは我が子でなくてはいけません。そうなると親が頑張るしかないですね。
カメラなどの性能も良くなっていることから、必要なのは入学式の日のシーンを一コマ一コマ撮って、どのように繋げていくかです。つまり構成を考えながら撮り溜めることです。まず自宅前で家族と集合写真を撮り、次に学校の正門、入場シーン、教室という流れが考えられます。そして外せないのが正門の入学式という看板、ランドセルを背負った姿です。看板の前で撮るのは恒例になっていて、入学式の文字を隠さない様にするのがポイントのようです。このランドセルを背負った子供の写真を上手く撮るにもコツがあって、少し斜めに撮るのが一番です。斜めだと子供の表情も撮れてランドセルも目立ちますからね。主役は子供であっても、ランドセルという鉄板のアイテムが映らなければ意味がありません。学びの校舎をバックにする時は、なるべく校舎全体が入るように撮ります。建物の一部しか映っていないと学校を特定できませんからね。
子供をメインにしてしまいがちですが、校舎というのはどこも似通っています。昔「ピカピカの一年生!」というCMがありました。微笑ましくて面白くて、懐かしさを感じて観ていました。同じ入学式でも小学校には特別の意味合いがあると感じます。子供の成長と共に、アルバムも分厚いものから薄いものへと変化していきます。特に今の時代は、アルバム自体もデジタル化されてしまっています。誰でも手軽に撮れる時代だからこそ、フォトスタジオで撮る意味があるのでしょう。親が撮ってくれた写真にも思い入れがありますが、特別な一枚はプロに委ねるのがいいかもしれません。

入学式の思いとは?

大人になってから入学式を思い返してみると、誰もが子供なりにドキドキ感があったと言います。ほとんどの人が小学校の入学式を思い浮かべ、真新しいランドセルを何度も背負った経験があるようです。新しいものに囲まれるのは楽しみであり不安でもあります。それは子供だけでなく、親も同じように緊張感を持ちながら式に出席します。
子供が先生と一緒に入場してくると、皆カメラやビデオに収めようとし、中には席を立って撮影する保護者もいます。これは小学校の入学式ならではの光景だと思えます。
子供の表情や発した言葉は覚えているのに、来賓の挨拶や校長先生のスピーチは全く記憶にないという親もいます。それほど子供への思い入れが強いのでしょう。
そして撮り溜める写真も成長していくにつれて減っていきますが、多くは小学校の行事の写真で占められています。子供には2度の反抗期があると言われ、1度目は赤ちゃんのイヤイヤ期で2度目は思春期だそうです。ちょうどその狭間にあるのが小学生時代で、親と子が一番より添える年代なのかもしれません。

入学式の服装の変化

小学校から高校くらいまで、式典には親の付き添いが少なくありません。大学になるとぐっと少なくなる印象ですが、案外親が出席するケースも珍しくない時代です。入学式というのは春をイメージして、合格することを、「桜咲く」というように表現したりします。反対に不合格の場合は、「桜散る」と表現します。「落ちた」という表現よりもオブラートに包んだような感じでショックを和らげる意図があるような気がします。
昔は中学受験というものはほとんどなく、小学校を卒業すれば公立中学に入学するのが当たり前とされていました。今は私立の小学校を目指す子もいて、名門の小学校に入学して高校までエスカレートということも・・・。教育も時代の移り変わりで変化していき、親の考えも違ったものになってきています。
中学まで義務教育で、受験は高校からという環境で育った私には、学校よりも塾に重点を置いている今の教育というものが余り理解できません。私立受験を突破すれば子供以上に親の喜びは大きくて、入学という式典は誇らしさと安堵感で包まれます。
それは服装にも表れていて、フォーマルウェアという黒のイメージはなく、華やかな色合いのスーツやワンピースを着用する母親が目立ちます。和装の場合は、色無地や訪問着、付け下げなど和装の中でも華やかな着物を着用します。
この傾向は私学だけでなく、入学式はパステル調の淡い色合いのスーツというのが定着しつつあります。父親もフォーマル的なスーツを着用している人は年々少なくなっています。もう式典イコールフォーマルの時代ではない気がします。

大学の入学式の意外性

一般的には小学校から高校までは制服ありで、式典には迷うことなく制服着用が義務付けられています。そして制服はある意味子供のフォーマルウェアのようなもので、冠婚葬祭には適しています。制服を着た写真を撮ることができるのは高校の卒業式が最後で、面倒だと思っていた集合写真も撮れないとなれば寂しい気もします。大学の入学式は制服などありませんから、自由と言えば自由ですが一応無難な着こなしというものがあります。
男性の場合はスーツですが、紺や黒、グレーといった落ち着いた色合いのものが定番です。中のシャツは白を着ることでコーディネートがしやすくなります。柄物や色があるとスーツに合わせるのが難しくなってきます。白を着用することで、ネクタイから小物に至るまで選びやすくなります。どうしても華やかさが欲しい時には、シャツをパステル調にすると清潔感もあって式典に相応しくなります。たとえシックな色でも、濃い色合いの物は入学式には向いていません。
女性の場合も基本はスーツとなります。そしてカラーも黒や紺、グレーなどで白のブラウスが定番です。これって男性とほぼ同じということですよね。つまり男性も女性もリクルートスーツなら何の問題もないということです。高校まで制服に縛られていた分、大学の入学式には可愛いワンピースなどを着て、思い切りオシャレをしようと思って
いた人にはあてはずれという感じでしょうか。これはどうも日本特有のようで、桜の季節には似つかわしくないように思われます。最近は大学の入学式でも保護者が出席するのは珍しくなく、親子で写真を撮っている姿が見られます。そして服装もやはりシックなスーツが多く、華やかな格好をしていれば浮いてしまうという感じです。これは何度も言いますが入学式としては意外性があって、外国ではこの日本の風習のようなものが理解できないようです。
もしかすれば大学に合格した地点で、もう就活の準備が始まっているのかもしれません。新しいスーツは入学式のものだけでなく、就活用のリクルートスーツでもあるのでしょう。ネットで検索すれば分かりますが、大学の入学式の写真は見事にスーツ一色です。
大学によっては全ての生徒が黒のスーツを着ていて、これこそ卒業式!という雰囲気なのです。卒業式で華やかな晴れ着と袴を着こなし、ヘアメイクもバッチリという姿は、別れと感謝を表す儀式としては相応しくないのでしょうが、古風な入学式への反動のようにも捉えられます。新入生の殆どが就活さながらの格好をしているというのは本当に意外で、どこかアンバランスのようでどこか日本らしさがあるように思えます。

まとめ

時代ごとの写真を見ると、その時代の流行が見えてきます。昭和40年代、女性の誰もがミニスカートを穿いていました。それも超ミニと言われるような短すぎる丈で、今では考えられません。若い女性だけでなく年配者まで着用していたというのも驚きですが、
その当時は違和感や恥ずかしさもありませんでした。これは流行というものに惑わされ
ている結果であり、誰にも共感されなければ流行とはなりません。
式典にも流行があって、それは女性が着用する服装に大きく影響しています。大学の卒業式に袴を穿くというのは、1987年に始まった一つのブームからです。それは何と漫画の中のヒロインが袴を穿いていて、その袴姿に魅了された女性が卒業式に着用したのが始まりです。それは今の時代も同じで、アニメやドラマが火付け役になることもありますね。入学式の流れも年代によっては様変わりしていて、どこかで見たようなシーンが織り込まれている時があります。その善し悪しを見極めるのは難しく、只流行だからといって真似事をしても、ブームというものは何れ去ってしまいます。ずっと続いている恒例行事などはブームというものではなく、古来から引き継いできた儀式です。入学式や卒業式、成人式などは人生の中の節目であり、その節目ごとに儀式を行ってきた先人の教えは今も変わることなく引き継がれています。この先節目の式典が無くなることはないでしょう。そして入学に始まり卒業で終える過程を写真に残すというのも、ずっと引き継がれていくでしょう。