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人生の素敵な瞬間を家族写真にして残そう!

幼稚園や学校の行事などに参加すると、カメラやビデオで撮影している保護者が目につきます。最近は幼稚園の発表会でも撮影する親が多い為、子供の組ごとに撮影タイムを設けています。それくらい子供への思いが強いのでしょうが、時代だな~とも感じます。そしてほとんどの親がスマホで撮影し、中には母親がスマホで、父親がビデオを回している光景もよく見られます。
手軽に撮れるスマホはここ数年で身近な物となり、もうデジカメや一眼レフカメラなどを持ち歩かなくてもよい時代となりました。けれど撮るには撮ったけど、写真として形に残す人はどれくらいいるのでしょうか?只撮り溜めているだけのように思えます。
一方で、人生の中で行われる様々な行事や記念日などを、家族写真として残す人達が少なくありません。この背景には何があるのでしょうか?今回は、家族写真に込める思いを探っていきましょう。

家族写真として残す行事とは?

子供の誕生を始まりとして、人生には数多くの行事や記念日があります。

成人するまでの儀式

お七夜
子供が産まれてから7日目の夜をお七夜と言います。命名祝いとも言われ、その日までに考えておいた名前を命名しお祝いします。

お宮参り
生後1ヵ月頃に行われ、地元の氏神様に参拝して赤ちゃん誕生の報告をします。この儀式は地域によって差があり、変わった風習も見られます。例えば赤ちゃんの額に魔よけの為に、男の子は「大」、女の子は「小」と記します。
赤ちゃんの服装は男の子用、女の子用の掛け着をかけます。このかけ着は日本の伝統的な模様が描かれた和装になります。母方の実家からお祝いとして贈る場合が多いです。
最近ではそのようなしきたりも少なくなり、レンタルする場合もよく見られます。内着は、白羽二重の和装やベビードレスを着用します。
両親の服装はフォーマルなスタイルが適しています。母親はよく格の高い着物を着ますが、地域では母親の参拝が出来ない風習があります。赤ちゃんにとって最初の大きなお祝い事で、家族写真を撮る良い機会になります。

お食い初め
生後100日目に行い、一生食べ物に困らないようにという願いを込めて行います。当日は赤飯、汁物、煮物などの祝い膳を用意し、赤ちゃんに食べる真似事をさせます。歯固めという神社などの石を添え、歯が丈夫になるようにという風習もあります。
関西では、歯固めの石の代わりに茹でだこの足を使います。たこを持たせ口元に持っていくのですが、この風習はユーモラスであると伝えられています。

初節句
子供の成長を祝う節句で、男の子が5月5日の端午の節句、女の子が3月3日の桃の節句と言います。子供が生まれて最初の節句で、男の子には五月人形や鯉のぼり、女の子には雛人形を飾ってお祝いします。端午の節句に柏餅、ちまき、桃の節句にちらし寿司、蛤、甘酒を食すのはよく知られています。お祝いの段飾りなどは、祖父母からのお祝いの品として贈られる場合が多いです。
地域によっては親戚一同からプレゼントが贈られ、盛大にお祝いすることもありました。
現在では家族のみで行うことが少なくないようで、派手に行うことは余りありません。
只親族の子供達と家族写真を撮るのが恒例になっているところもあります。

七五三
子供の成長をお祝いする節目の行事で、女の子は3歳と7歳、男の子は5歳にお祝いをします。参拝日は11月15日と定められていますが、近年では混雑を避けるために時期をずらす家庭も少なくありません。
服装は、3歳の女の子に帯を結ぶのは負担がありますから、和装であっても軽い仕立てのものを選びます。男の子は和装で袴を身に着けるのがメジャーになっています。7歳の女の子に関しては、肩上げ、身上げを施した着物を着せて帯も結びます。
和装だけでなく洋装を着用する子も多く、好みの衣装を選択します。紅葉のシーズンとも重なって、様々なシチュエーションで記念撮影ができます。家族そろって食事会を開き、フォトスタジオなどで家族写真を撮る家庭も増えています。

ハーフ成人式
これは2分の1成人式とも呼ばれ、小学校で行われる行事となっています。もう数十年続いているようですが余り馴染みはありません。10歳をお祝いする儀式で、学校によって独自の方法で式典を行います。当日は保護者と子供達が其々手紙を読み合い、改めて子供の成長をお祝いするものとなっています。

十三参り
数え年で13歳になる男女児の開運と幸せを願う行事で、神社やお寺に参拝します。最初の厄年に当たる為お祓いを受けます。余り馴染みがない儀式のようですが、女の子が着物を着る場合が多く、記念に写真を撮り家族写真として残す家庭が増えています。

成人してからの儀式

成人式
元は埼玉県で行われた青年祭から来ているもので、若者に未来への期待を込めて企画されました。これが後に全国に広まり成人式という形になったということです。本来は1月15日と設定されていましたが、現在では1月の第2月曜日となっています。
年々華やかさが増し、女性は振袖が中心で男性は羽織袴が多く、男女とも和装で出席する姿もよく見られます。男性はシックなスーツ姿も多く、リクルートスーツも兼ねているように感じます。特に女性の艶やかな着物姿は目を見張るものがあり、あちこちで記念写真を撮りsnsなどにアップする光景が見られます。
親にとっても感慨深いものがあり、フォトスタジオで家族写真を撮るのも珍しくありません。近年前撮りというのが盛んになり、式典までにフォトスタジオで記念撮影する傾向にあります。衣装をレンタルして、希望のシチュエーションで撮って貰えるので利用する人も多いです。そしてフォトスタジオで撮るメリットとして、衣装レンタルは勿論の事、美しいヘアメイクを施してくれるのが人気の理由です。何といってもプロが行ってくれるのですから、普段のメイクとは格段の違いがあります。

このように人生の中には大切な節目の儀式がたくさんあります。普通成人式を終えると結婚が控えているのですが、昨今では結婚の適齢期など言うことはなく、晩婚やしない選択をする人もいます。これは個々の考えであって時代の流れでもあります。
その後入学式、卒業式 入社式、退職祝いなどの式典もあって、老後の数々の長寿のお祝いを経て最後の時を迎えます。

家族写真を残す意味とは?

写真を撮ることに熱中するのは、やはり子供時代の写真を撮る時です。誕生から成人までどれだけ撮り溜めているでしょうか?特に小学生くらいまでの写真は非常に多い気がします。ある調査では子供が中学生以上になると、家族写真は全くと言っていいほど撮らなくなるということです。学校中心で家族との時間自体が減っているのが要因の一つでしょう。そして私にも経験がありますが、思春期というのは家族との関りを避けるようになります。煩わしさと何か分からないイライラ感が出てきます。これも成長の証なのかもしれませんが、親にすれば寂しい時期となります。
それでもスポーツや勉学に励んでいる時であって、記念の為に写真に収める時もあるでしょう。その素晴らしい一瞬はもう二度とは撮れないのですから。子供にとって煩わしくても時が経てば、その写真一枚一枚を見ると懐かしさで一杯になる筈です。自分が家庭を持つとより深く親の愛情が感じられます
忘れていた記憶が蘇り、その時の情景がはっきり浮かぶこともあるでしょう。その一枚の写真で盛り上がり、家族とのコミュニケーションが活発になります。その当時生きていた証であって、大切な一コマの記録として残っていきます。

家族写真を撮る大切さ

私の父は家族の画像を撮ることを趣味とし、どこかに出かける際には必ずカメラと8ミリを持参していました。8ミリとは昭和40年代に爆発的な人気を集めた今でいうビデオのことです。プロでなくても簡単に撮れるということで、大ヒットした映像機器です。
それがホームビデオの発売によって売り上げが激減し、2012年には国内製造が中止となりました。父が撮り溜めたフィルムも観る手段がない為、引き出しで眠っている状態です。8ミリフィルムをデータ化して、DVDに保存することで蘇るということですが費用が高額であり、全てデータ化するのは不可能に近いです。
それに引き換え写真という物は色あせても形として残っています。アルバムに言葉を添えて貼られている写真を見ると、様々な思いがこみ上げてきます。『こんなにも大切に育ててくれたのだ』というような気持になることもあるでしょう。
そして自分自身も家族の大切さを改めて実感することができます。自分の存在というものが価値ある物だとも思えるでしょう。子育てに悩んだ時、生きていることに行き詰った時、家族写真を目にすると勇気が湧くことがあります。
フォトスタジオを利用するのはどんな時かのアンケートでは、ダントツで子供の成長の節目が1位となっています。後結婚や夫婦の記念日が続きます。子供の成長の記録は親にも子供にもかけがえのない物に違いがありません。
どんなにお金を掛けても過ぎ去ったシーンは撮ることができません。写真として残すことで懐かしい自分や親兄弟、関りのある人達に会うことができます。今家族写真をフォトスタジオで撮ることは特別ではなく、普通に儀式の流れとして行われています。
目上の人を敬う気持ちが欠けていると嘆いている年配者がいますが、家族の絆を深めている人達も少なくないのも事実です。家族の在り方は色々で、これが最高だと言える関係性など傍から見ていても分からないものです。

まとめ

子育てで振り回されていた時代は、早く終わらないものかと思うものです。成長をじっくり見守るというのも出来ない時が多いです。その時々に対処するのが精一杯で、毎日同じ繰り返しをして生活していきます。節目の儀式で、子供の成長を嬉しく思う気持ちがあっても、又忙しい毎日が始まります。
そして成人しても親の心配はつきなくて、どこを終着点にするのかも難しいでしょう。
けれど人間とは勝手なもので、家族に関わることができなくなると寂しさが募ります。
自分が歩んできた道の終着点は見たくなくて、思い出を振り返る人が多いのです。
今フォトスタジオでプロの手による写真が求められているのは、素敵な瞬間を美しく残したいという願いなのだと感じます。