Slow Photo

ハーフ成人式は子供の成長の確認、写真に残す意味とは?

世界には色々な儀式があって、文化の違いに驚くことがあります。ところが最近では、日本の儀式であるのに馴染みがないものが増えています。そして、上手い!と言えるような語呂合わせで記念日が出来ていたりします。11でワンワン、22でニャンニャンなど、こじつけとも捉えられるようなものもあります。
やたらお祝い事を増やしている感もあって、このような現象はどこから来ているのでしょうか?今回は、小学校の行事にもなっているハーフ成人式に焦点を当て、写真に残す意味を考えていきましょう。

ハーフ成人式って何?

ハーフ成人式は2分の1成人式とも呼ばれ、成人年齢の半分である10歳に達した時に行われる学校行事の一つです。小学校4年生の3学期に行われることが多いとされています。この儀式が最初に行われたのは兵庫県の小学校で、1980年代にある教師の考案によって始まりました。10歳という年齢は、ちょうど学年の節目に当たります。20歳の半分ということでハーフ成人式と名付けられたのですが、10歳という区切りで成長を確認するという意味を持っています。そして次第に学校行事として定着し、今に至っているようです。只全ての小学校で行われているわけではありません。それでも多くの小学校では、授業の一環として継続されています。
ハーフ成人式と洒落た名前になっていますが、10歳になったお祝いをする行事であって、漢字で「十歳」と書いて「ととせ」と読み、ととせのお祝いとも言います。他のお祝い事と同じように、お祝いを家で行う場合は記念として写真撮影も行います。学校がメインで式典を行うのがメジャーのようですが、家庭でも親族を招いて食事会を開くのも珍しくはありません。

ハーフ成人式はどのようにして行われるのか?

このハーフ成人式をどのように行うかは、コンセプトは同じであってもプログラムの内容は若干違いがあります。授業参観として行われるので、保護者の出席は一応必須であって早い時期から参加を促しています。
保護者といっても親だけでなく祖父母や親族の参加もOKで、参観という式典の要素が大きいかもしれません。親と子の絆をテーマとし、互いに感謝の気持ちを述べあうことを目的としています。ですから事前に親が子供に手紙を書くというのも課題になっていて、頭を悩ます保護者も少なくありません。中には内容を指定する学校もあり、下記のような事を織り込まなければなりません。
・出産時のこと
・名前をどのようにして決めたか
・小さい頃の子供の様子
・10歳になった子供に対して思う事
・子供に対するこれからの目標

この年代の子に手紙を書くことなどない筈ですから、親が戸惑うというのも理解できます。又子供も親に宛てた手紙を書かなければいけませんので、親以上に大変だと感じます。普段一緒に暮らしているのですから、手紙を書くということなど考えもしないことです。言葉に出さなくても通じ合えているという感覚も持っているので、この課題は親には難題であって気恥ずかしいものでしょう。
授業参観の形であっても式典となると服装が気にかかります。子供の場合は制服があれば制服で、ない場合でも入学式のようなフォーマルな装いはしなくても大丈夫です。保護者も式典のように気負う必要はありません。

●式の流れの例①
・校長先生からの祝辞
・保護者代表による祝辞
・子供が将来の夢などをスピーチする
・「2分の1成人証書」の授与
◇2分の1成人証書とは、卒業証書などのように生徒一人一人に手渡すものです。内容はその生徒に合わせたものが多く、生徒の良さを取り上げることで成長の証としています。

●式の流れの例②
・将来の夢を発表する
・合唱をする
・「2分の1成人証書」の授与
・20歳の自分へ手紙を書く
・親に感謝の手紙を渡す
・親から手紙を貰う
・写真などを見て、生い立ちを振り返る

このように各小学校のプログラムは独自のものが中心となり、子供の成長を祝い、親と子供の絆をテーマにして進行していきます。

ハーフ成人式を家庭でお祝いし、記念写真を撮る

あくまで学校行事として始まり浸透してきた行事であっても、やはりお祝事である為、家庭で食事会を開くというのもよくあることです。最近の家族の在り方として、何か喜ばしいことなどがあればイベント化する傾向があります。
まだ医学がそれほど進歩していなかった時代では、産まれても1歳未満で亡くなる子も多かったと聞きます。私の息子も、生後半年くらいの時首の腫物で入院したことがあります。膿が溜まり排膿しなければ、命の危険があると告げられました。昔は珍しくないことで膿が溜まれば本当に命取りだったようです。膿が全身に周れば手の施しようが無いからです。強い抗生剤の点滴が数日続けられ、何とか快方に向かいました。後で聞いた話では、義父母は諦めていたということでした。生後間もない赤ちゃんが亡くなるのをずっと見てきた年代ですから、もう助からないと思っていたらしいです。
だからこそ子供が無事に育って、色々な行事に参加できるのは喜ばしいことなのでしょう。子供の行事であるお宮参りや七五三、入学式などの式典は長い間時を経て受け継がれてきました。そして新たな行事が増えつつあります。
ハーフ成人式も一人の人間の発案ではありますが、それが定着していくというのには利点があるからだと感じます。遥か昔からの風習が風化せずに残っているのも、伝統を重んじる日本人の心があるからでしょう。その伝統を今風に上手く変化させているのが、今を生きている若い世代です。成人式があるのに何故ハーフ成人式なのかと言えばそうでしょう。けれど20歳までの道のりは長く、そこに到達するまでには様々な苦難が待ち受けています。10歳と言えばまだまだ子供ですが、直ぐそこに思春期という厄介な反抗期が近づいています。この時期に入ると、親と子にすれ違いが生じ場合によっては取り返しがつかない事態に陥ったりします。
コミュニケーション能力は落ち、子供は素直に話せなくなって心を閉ざします。親も対処の仕方に苦慮し、何がベストなのか何が間違っているのか判断がつかなくなっていきます。子供は子供で、このモヤモヤした気持ちがどこからくるのかが分からないのです。誰だって経験あると思いますが、全て嫌になったり、ばかばかしく思えたりする時期があるのです。親はあの可愛い息子や娘はどこへ行ったのか?なんてこと思ったりもするでしょう。そう思えば、親族が集まって10歳をお祝いしてあげるのも良い機会かもしれません。夫の実家は何かといえば親戚を集めて宴会をしていましたが、その度に何のお祝い?と思ったものです。お酒を振る舞い、ご馳走を並べるのが常だったからです。
カメラ好きのおじさんがいつも写真を撮りまくっていましたが、それも時が経てば懐かしい一コマとして残っていきます。そういう意味からしても、人生の節目をお祝いして画像に残すのは、とても意義あることだと思います。

ハーフ成人式への思い色々

物事に対しては色々な意見があって、賛成派、反対派に分かれたりします。それは人それぞれの考え方の相違であったり、生きてきた環境の違いから生じるものであったりします。ハーフ成人式に関しても、好意的な見方と悪意というか反意的な考えを持っている人もいます。

好意的に思う場合

どの学校でもハーフ成人式が定着してから思い入れが強く、一大イベントのような取り組みをしている学校も少なくありません。早い時期から保護者への通達があり、意気込みが伺えるような内容のプリントが配られます。どうしても成功させたいという学校の意図があるようで、保護者も普段の授業参観には出席しなくても、この行事には参加するという人が多いです。プログラムが進行していく中で、やはり子供から親への手紙は感動的で涙する保護者も少なくありません。小さい頃の写真も持ち寄っていますので、それを久しぶりに観ることでより感情が高ぶってきます。
そんな思い出に浸りながら式は進行していくわけで、親はとても感慨深い一日を過ごすことになります。終了してから保護者の意見を聞くと、改めて成長した我が子を愛おしく思ったとか、参加して本当に良かったという意見が多いということです。
これは好意的な意見で、このような機会があって本当に良かったと素直に喜んでいる人達の思いです。それでは反対派の意見としてはどのようなことがあるのでしょうか?

ハーフ成人式の問題点

先生の発案から始まり、もう何十年も根付いているハーフ成人式、でもこの行事に疑問を投げかける人がいるのも確かです。まず今の時代は兼業主婦が当たり前の時代で、共働き世帯がほとんどです。子供が小学生の家庭は、まだ親も若いでしょうから夫婦でバリバリ働いている時です。例え子供の行事であっても仕事を簡単に休むことはできません。運動会は休みを取っても、授業参観の為に休むのは気が引けるという親もいます。
そのような現状なのに、このハーフ成人式には参加必須というイメージがついているのだそうです。これも学校によって様々ですから、一概には言えません。
ある母親は、子供が将来何になりたいかという夢を必ず発表しなくてはいけないということに疑問を持っています。子供が素直に「なりたいものは今ない」と答えたことに対し、「何でもいいから書きなさい!」と言ったのはおかしいと・・・。
皆発表するにしても、そんな子がいても仕方がないのでは?ということです。いつか見つかるものではないのか?なのに無理強いされることが理解できないのだそうです。
この意見に対しても賛否両論あるでしょうが、その母親の根本にあるのは、本当に子供の成長をお祝いするのではなく、只決められた行事を卒なく熟すことだけに力を注いでいる気がするという思いです。家庭によっては出席できない親もあるのに、何故学校の行事として行うのか?という意見も少なくありません。シングルマザーも多い時代に果たしてこの行事は継続していけるのかどうか?このような意見があるのも事実です。

まとめ

年々歳のせいか、写真や思い出の品を見るたび懐かしさがこみ上げてきます。写真の中の世界は当時のままで、思わぬ発見をしたりして盛り上がったりします。記念写真や集合写真も面倒くさいと思ったことがあったのに、その時代の自分に会えるのはとても新鮮な感じがします。ハーフ成人式にしろハーフバースデーにしろ、子供を愛おしく思う気持ちがあるから生まれた儀式であるように思えます。一説によると、何が起こるか分からない時代だからこそ、このようなお祝い事があるのだとか・・・。写真を撮り溜めるのも未来への保証がないからで、生きている瞬間を残したいという本能なのかもしれません。